子宮がんと乳がんを乗り越え、家族の愛に支えられて健康を取り戻した体験談

移住してから8年以上が経ち、家族ともどもアメリカでの生活にもすっかり慣れていました。1997年10月、月経が不規則になり、常に体がだるく感じるようになりました。婦人科で検査の予約を取ったところ、子宮がんと診断されたのです。
検査結果は、まるで雷に打たれたような衝撃でした。医師からは「余命はあと5年」と告げられました。私は、治療法を決める前にまず自分の病気についてしっかりと理解しようと、さまざまながん治療法を調べる決意をしました。
がんは早期に発見されていたため、子宮全摘出の必要はありませんでした。子宮は女性にとって最も大切な臓器なので、私はそのまま残しておきたいと考えていました。しかし主治医は、転移を防ぐために子宮と卵巣をすべて摘出すべきだと強く主張しました。その時、私はがんと闘う決意を固めました。
その後まもなく、さらに衝撃的なことが起きました。手術予定だった子宮の部分から突然大量の出血があり、止まらなくなったのです。すぐに車を運転して病院に向かいました。病院ではすぐに手術室に運ばれ、緊急手術が行われました。医師からは「あと5分遅ければ、命はなかった」と言われました。
この九死に一生を得た経験のあと、1998年1月半ばから「天仙液」を飲み始めました。2月の中旬、故郷である台湾の台北に戻り、旧正月を祝いました。現地の医師からは、子宮と卵巣をすべて摘出する必要はなく、経過観察を行いながら様々な治療法を検討すればよいとの見解をもらいました。
アメリカに戻ってからも、担当医やそのスタッフたちから、手術の必要はないと言われました。しかし、しばらくすると、思いがけずがんが再び私を襲いました。すっかり回復したと思っていたので、その年の6月には家族と一緒に東南アジアへ旅行に出かけました。足の関節に痛みを感じ始めたのはその頃です。8月に日本に向かった際には、ひどい倦怠感も覚えるようになりました。
アメリカに戻っても、体調は良くなりませんでした。11月の検査で、右胸に硬いしこりが見つかりました。以前、漢方薬を服用して消えたしこりが胸にあったことを思い出し、同じものだろうと思いましたが、念のため医師にさらに詳しく診てもらうことにしました。
すると驚いたことに、診断結果は乳がんでした。「天仙液」を定期的に飲み続けなかったこと、食生活に気をつけていなかったことを、深く後悔しました。もうすっかり健康は取り戻したと思い込んでいたのです。しかし、この一連の再発は、がんとの闘いにおいてもう一つの教訓を教えてくれました。がん患者は常に警戒を怠らず、食事にも慎重であるべきだということです。
その後、医師からは2つの選択肢を提案されました。乳房の一部を切除して放射線治療を受けるか、乳房を全摘出するかです。中国伝統医学の医師は、乳房を全摘出すると経絡に大きなダメージを与え、全身に悪影響を及ぼすとして、一部切除のみを勧めてくれました。以前と似た状況に直面した私は、乳房の一部切除を選ぶことにしました。
1999年4月、右胸の一部を切除する手術のため入院しました。2.5センチの腫瘍を摘出し、右脇の下のリンパ節も郭清しました。手術直後から「天仙液」を飲み始めましたが、帰宅後もなかなか眠れませんでした。そこで「天仙貼布」を貼ったところ、眠れるようになりました。その1ヶ月後から放射線治療を開始しました。
この期間、副作用のためにどんどん体が弱っていくのを感じました。がんの拡散を防ぐため、肩からお腹にかけて放射線治療を受けました。肝臓から肺にかけて痛みを感じ、息をするのも辛く、ひどい咳に悩まされました。腎臓にも痛みを感じるほどでした。
治療期間中、放射線治療は合計33回受けました。西洋医学のがん治療による激しい苦痛で衰弱していた私は、天仙カプセルと天仙貼布を使うことに決めました。中国伝統医学のクリニックにも通い、経絡マッサージを受けました。副作用が和らいでいくのを感じ、食欲も回復していきました。再び活力がみなぎるのを感じました。「家族のため、そして自分自身のために、強くあろう」と自分に言い聞かせました。治療を無事に終え、通常の生活に戻ることができました。
この一連の試練から、私はいくつかのことを学びました。まず、治療法を選ぶ際には慎重になること、特に体全体に害を及ぼさないものを選ぶことです。手術は治療の一部としてとらえ、他の治療法と組み合わせることで体への負担を減らすことができます。生殖器官を摘出してしまうと、ホルモンバランスが崩れてしまいます。その結果、ホルモンの不均衡のまま生きていくだけでなく、膀胱や大腸、尿道などにも問題が生じることがあります。だからこそ私は、子宮と卵巣を残すことにこだわったのです。
次に、食生活に気を配ることです。私は自分のがんの状態に悪影響を及ぼす特定の食品を避けるようにしました。肉類や脂肪の摂取量もコントロールしました。穀物、豆類、野菜を中心に、基本的な食品群のバランスを保つのが一番良いと思います。感情の管理にも気を配る必要がありました。がんだと分かったあと、私はそれを自分自身を見つめ直す機会として活用しました。誰も完璧ではありませんが、私は以前よりもずっと穏やかで、優しい人間になれたと感じています。
そして最後に、おそらく最も重要だったのは、家族の愛情と支えでした。2度目の手術の数日前、暗闇の中で一人静かに泣いている夫を見つけたことを覚えています。「どうしたの」と尋ねると、彼はこう答えました。「母はがんで亡くなった。年老いていたし、悲しかったけれど、それでも人生に向き合わなければならなかった。でも君はまだ若い。愛しているし、君なしでは生きていけない。僕のために、生き続けてほしい」。夫は仕事でさまざまな場所を飛び回っていて、いつも私のそばにいてくれるわけではありません。でも彼の愛情と希望、そして涙が、私の自信を強めてくれました。夫と子どもたちのために、必ず健康を取り戻すのだと心に決めました。
今では再び健康を取り戻し、家族とともに幸せな日々を送っています。振り返ると、今でも胸がいっぱいになります。私は貴重な教訓を得ました。どんな診断を受けても、たとえ医師に見放されたとしても、決して絶望しないでください。決してあきらめないでください!
※体験談は、ご本人の実体験による感想であり、天仙液の効能・効果を示すものではありません。
※体験談及び年齢等は、お便りを頂いた当時のものです。