対談
帯津良一(帯津三敬病院名誉院長)
王振国(振国中西医結合腫瘍病院院長)

帯津良一(おびつ・りょういち)

1936年、埼玉県生まれ。東京大学医学部卒、医学博士。東京大学第三外科、都立駒込病院外科医長を経て、1982年に帯津三敬病院(埼玉・川越市)、続いて2005年には帯津三敬塾クリニック(東京・池袋)を設立。中西医結合医療を実践し、ホリスティックなアプローチによるガン治療の草分けであり、世界的権威として知られる。西洋医学はもちろん、さまざまな治療法を実践。ホメオパシー、気功、漢方薬、鍼灸、食事療法、心理療法、健康食品などの代替医療を積極的に取り入れている。帯津三敬病院名誉院長、日本ホリスティック医学協会会長、世界医学気功学会副主席、上海中医薬大学客員教授などとして世界的に活躍中。

王振国(おう・しんこく)

1954年、中国吉林省通化市生まれ。1975年、吉林省通化市衛生学校卒業。1983年、複合漢方薬の「天仙丸」を研究開発、1988年、中国政府より「ガン治療薬剤」(抗ガン漢方薬)として認定を受ける。その後、より作用の高い抗ガン漢方薬の「天仙液」を共同開発して世界的に有名となる。さらに、中西医結合医療の「天仙療法」を研究、その一つとして「天仙液療法」で世界の注目を集めている。世界個人研究最高発明賞、ベルギー王国栄誉勲章の受章など世界各国で高い評価を受け、研究論文も多数を発表。中国国家衛生部医学研究員、長白山薬物研究所所長、振国腫瘍病院院長、中国抗癌基金協会協調部副主任、国際癌病康復協会会長などとして世界中に活動中。

日中の専門医が「あきらないガン治療」を語ります

「漢方ガン治療」をテーマとして語るに最もふさわしい日中を代表する先駆的な医師、帯津良一先生と王振国先生の対談の模様をまとめました。

帯津先生は、これからのガン治療は「からだ、こころ、いのちの人間をまるごと診る診療(ホリスティック医療)であるべき」とされた上で、「患者と家族と医療関係者がいのちの場に集まって、エネルギーを高めることが大切である」とその重要性を説いています。

王振国先生は「1+1=2ではなく、3にも4にもなる付加価値の高い医療を目指す」と対談で述べています。

お二人の理想とする「あきらなめなガン治療」とは?大変貴重な対談録です。ぜひご覧ください!

患者に期待される「ガン治療」とは

※対談は、王振国先生のガン治療の総合病院(中国・広東省珠海市の振国腫瘍病院)に、日本から帯津先生が訪問して実現しました。

帯津:
「ガンの患者さんを何とか救いたい」と考えてもう四半世紀になります。私も王振国先生も、時を同じくして「ガン治療」の新しい道に向かってスタートしたようですね。 いまのガン治療は手術や抗ガン剤、放射線治療だけでなく、最先端治療も開発されてきています。

でも、どれもこれも「ガン細胞は叩くが、正常細胞も叩く」という手荒い治療ですから、私どもの病院に駆け込んでくる患者さんたちの苦しみや痛みを見るにつけ、 西洋医学による治療の限界を、だれよりも肌身で感じ取っていたわけです。

王:
帯津先生は西洋医学の外科医として、こちらは中国(漢方)医学からと立場は異なっておりましたが、目指したゴールと目標は同じ方向だったと、お会いさせていただいて改めて実感しております。

もっと「身体に優しいガン治療」はできないのかということで、人間の身体全体のバランスから診る「中国医学」と、細胞の細部から診る「西洋医学」の長所を組み合わせた「ガン統合医療(中西医結合医療)」 の病院を開設しようというのが、私の長年の夢でした。

帯津:
私は「ガンはあきらめてはいけない」と1982年に漢方や気功などを取り入れた「中西医結合医療」を旗印に病院を開いてみたものの、しばらくは独り相撲でした。

当初は漢方療法を取り入れたり、病院内に気功道場など備えてみても、だれも見向きもしませんでした。どこからも助けのない孤軍奮闘といいますか、ガン治療と”格闘” の毎日でした。

王:
お気持ちはよくわかります。なぜならば、私もまさしく”格闘” の毎日でしたからです。

帯津:
大学病院などではガンが転移でもして治療法が手詰まりになると、すぐに「余命半年」などといって患者さんと家族を奈落の底に突き落とすようなことを平気で言います。

人間のいのちを「心身一如」(心と身体は―つであるということ)と考える漢方の理論、つまり、中国医学の立場からすれば実におかしいわけです。

王:
以前、帯津先生が孤軍管闘のなかで病院を開設してから、その研究の一環として、私どもの研究所にお越しいただいたことがありましたね。

私も川越の先生の病院に二度ほど訪問させていただきましたが、初めては17年ほど前のことでした。その頃は確か「天仙液」の研究開発に取り組み、完成間近の頃でした。

帯津:
いまでは、お互いに「漢方療法」や「中西医結合医療」、「ガン統合医療」をテーマに世界各地で国際セミナーなどの講演を頼まれます。

日本ではアイウエオ順でいくと、たいてい私の次の順番が王先生ということになっている場合が多いので、演壇の袖ですれ違ってはちょっとあいさつは交わしますが、なかなかこうしてじっくりお話しする機会がなかったですね。

そこで今回はお互いの”格闘”の成果はもちろんですが、
・「ガン治療はどう変わるのか」
・「病院はどう変わるのか」
・「医師はどう変わるべきか」
・「患者がどう変わるのか」
などをテーマとして考えていきましょう。

王:
ところで帯津先生はもともと食道ガン専門の外科医で、日本で最も権威ある東大病院にもおられます。そのガン手術の名手が、どうして西洋医学一辺倒から漢方薬や気功などといった中国医学にまで関心を持つようになったのですか。ぜひ、お聞かせいただきたいと思います。

帯津:
そうですね。では、私自身が王先生と初めて会う前、その伏線といいますか、私の「ガン治療との格闘」について少々お話ししておきたいと思います。

1970年代の半ば頃です。当時は「ガンを漢方薬で治す、心で治すなんていうバカなことはない。ガンを治すのは外科手術だ」と思っていました。

けれども、一生懸命に手術をしてもガン患者さんが再発や転移で戻ってくる。どうも、医学の進歩に見合っただけのガンに対する治療成績の向上が得られないということに、なんとなく疑問に感じていたのです。

そこで、西洋医学の限界がどこにあるのかを考えたわけです。つまり、臓器の局所や部分しか診ない西洋医学の強みが、同時に限界でもあるのではないかということがわかってきました。

部分を診るということはスポットライトを当てることと同じで、周囲の状況を見失いがちです。部分と部分、臓器と臓器の関連性、身体が全体としてどのように機能しているかについての見識が乏しいのです。

西洋医学の限界を乗り越えるためには、部分と部分のつながりを診なければだめではないかと思い、身体全体のつながりを診る漢方の考え方をガン治療に取り入れようと、中国医学に注目したわけです。

つまり、従来の西洋医療に加えて中国医療の四本柱である漢方薬、鍼灸、気功、食養生を治療に取り入れようと「中西医結合医療」(※注)を志して25年前に病院を建てたのですが、 なにしろどこにもお手本がないのです。

当時、日本には漢方薬などを使ってガン治療にあたっているという病院はほとんど皆無でした。そこで、とにかく中国ヘ何回も行き、実地で情報を集めだしたのは1980年代初めの頃のことです。

漢方の本場、中国で得た漢方療法への自信

王:
その頃、中国ではガンで亡くなる人が激増していました。日本でも年間の死亡者数の上位がガンとなっていましたね。

帯津:
そうです。確かに日本ではガンが死亡原因の第一位になっていました。そのような頃、ちょうど私が中国に行って最初に知り合ったのが、新設されたばかりの中日友好医院の副院長で、北京腫瘍研究所の李岩(りがん)先生でした。

李岩(りがん)先生は いろいろと最新の中国医学事情を教えてくれました。例えば、北京でこういうガン学会がある、上海でこういう鍼灸や気功の学会があるという情報をいただき、こうした情報を得て勉強に行きました。

このようにして、中国でたくさんの友人ができました。あるとき、李岩先生の友人が、天津医科大学の李徳華(りとっか)先生を連れて私の病院に来たのです。そのときに、王先生の天仙丸に関する文献も拝見しました。

その成績が非常に良いということに驚いたのと、もう1つは臨床試験の検査を行った先生の中に、私の敬愛する友人で、北京の中国医学院・広安門医院の朴柄奎(ぽくへいげい)先生がおられ、しかも病院で天仙丸を使っていることがわかり、さらに信頼したのです。

そこで、すぐに李徳華先生に「天仙丸を作った王振国先生に会いたい」と頼んで実現したわけですね。

王:
でも帯津先生は、まさか私が中国の辺境で、長白山に近い吉林省通化市でガンの研究を行っているとは想像もできなかったでしょうね(笑)。

帯津:
そうそう。北京か天津の大都会におられると思って気軽に考えていたのです。でも、「11時間汽車に乗る」というのでびっくりしました。なんとか通化市に着きましたが、18年ほど前ですから今のような経済発展はしておらず、丘の上のホテルに泊まったお風呂のお湯が出ない。3月だというのにまだ真冬という感じで、室内ですら肌寒く、水風呂というわけにもいかず閉口しました(笑)。

とにかく王先生の研究所へ伺い、隣がご自宅でしたので、そこで3、4日もいろいろとお世話になったのです。大変親切にしていただいて、奥様の作るとうもろこしや雑穀の料理も美味しくて、三度の食事もお世話になりましたね。

その上に、たくさんの地元の医師の方々にもお会いすることができました。日本にいたときは味方のいない私でしたが、こうした出会いが契機で、たくさんの収穫を得て帰ってくることができたのです。

西洋医学では手に負えない治療へのヒントをつかみ、私の行っている「漢方療法」に自信のようなものを持てるようになったのです。

王:
帯津先生は、私どもの研究所に初めて来られた日本の医学界のエキスパートでした。わざわざ遠く日本から訪ねていただいて、非常に光栄なことで本当に感激しました。

当時、私は「天仙丸」から「天仙液」の研究開発に取り組みはじめた頃で、それに敬愛する帯津先生が、私が開発した漢方薬を使ってくださっているとのことでしたので、本当に感謝の気持ちでいっぱいでした。

次の年に今度は私が、ガン治療の研究成果としての「天仙液」を知っていただきたいと思い日本を訪れたわけです。

・・・この対談は次回へ続きます。お楽しみに!