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がん治療の選択肢「天仙液」の情報をお伝えするポータルサイト

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病は気から

李天送 さん(59歳・クアラルンプール)

家庭と仕事、すべてが順調に行っていた時に受けた突然の余命宣告。

あれから14年が経ちましたが、今でも昨日のことのように覚えています。

1994年雲南省を旅行中、食事の時に右脇腹に突然、痛みが走りました。それ以来、日を追うごとに肝臓付近が強い痛みに襲われる回数も増えていき、日々の痛みや発熱、食欲不振のせいで、体重が73㎏から61㎏に激減したのです。

余命6ヶ月

1996年1月1日、食事が摂れないほどの痛みがまた右脇腹に起ったため、病院で検査を受けました。結果、大きさ7.5cmのがんが見付かったのです。他の病院の検査でも、「すでに骨に転移しているため手術ができない」と言う先生もいれば、「すぐに手術をすれば50%の確率で助かる」と言う先生もいました。

手術をしなかった場合の余命は6ヶ月、例え手術をしても1~2年後に再発する可能性が高いと言われた私は、「何をしても死ぬことになるのか」と絶望に打ちひしがれたまま、病院を後にしました。

人生の岐路

それは1996年3月、ある抗がんセミナーでの出来事でした。私は天仙液の開発者である、王振国教授とお話しできる機会に恵まれたのです。その時、王教授が「あなたは出来るだけ早く手術をする必要があります。手術前に天仙液を飲むことで、腫瘍を抑制して体力をつけることが出来る。手術後には体力の回復と免疫力を高め、がんの再発を予防してくれる。」と、アドバイスをしてくれました。

王教授の言葉に自信を与えられた私は、手術を受けることを選びました。

"人"文字に刻まれた傷跡

天仙液服用開始から20日後の1996年6月5日に手術が行われました。手術後、私が目を覚ました時、「7.5cmあった腫瘍が手術で3cmまで小さくなりました。胆石があったため肝臓は1/4ほどしか切除せず、胆石も一緒に取り除きました。」と説明を受けました。腹部を"人"型に切り開くほど大きな手術だったため、21日間の入院が必要でした。身体の回復は予想外に早く、6日目には自分で歩けるまでになり、先生もビックリしていました。私には天仙液のおかげだということが分かっていたので、手術後も天仙液の服用を続けました。

健康なままで14年

余命宣告から14年、今思い出すと、あの頃一番苦しかったのは妻だったと思います。 治療でストレスが溜まり短気になっていた私を嫌いになるどころか、一生懸命励ましてくれました。妻は私の世話のほかに、子供たちの面倒も見なければならず、本当に苦労をかけたと思います。

手術前、私は家族の生活に支障が出ないようにと、中学校を卒業したばかりの15歳の長女を自分の工場で働かせました。翌年には、次女も工場で働かせました。手術後に先生から、「術後2年以内での再発の可能性がある」とも言われていたので、早めに工場を子供たちに託そうと思いました。そして、私は余生を存分に楽しもうと、友達と旅行や釣りに出かけたりしました。

家と仕事のことが落ち着くと、気楽に毎日を過ごすことができました。そしてある日、自分がまだ生きていることに気付いたのです。 私はがんと診断されてから、生活習慣を一変しました。まず酒を辞め、身体に悪い物は口にせず、主食を野菜・果物にして少量の肉を食べるよう心がけました。ウォーキングや軽い運動も長く続けました。

1996年、検査をしてくれた先生から、手術をしても2年しか生きられないと言われました。2年後再度会った時、今度は4年しか生きられないと言われました。4年後再び会ったときには余命7年と言われました。それ以降、その先生と会うことはありませんでした。