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体験者の声

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福田 拓
(山口県 報告者・妻)
夫はガンと10年闘争。でも天仙液があるから大丈夫
夫は10年間、ガンと闘っております。


1990年、直腸および左腎臓を摘出。その後、直腸付近骨盤内に再発し入院。放射線治療30回、温熱治療10回、抗ガン剤投与。それから、定期的に検査を受けながら、抗ガン剤投与を繰り返してきました。


そうしたときに、新聞で天仙液のことを知り、藁にもすがる思いで服用し始めたのは96年1月のことです。しかし、しばらく経ったその年の9月、両肺に5〜10mmの腫瘍が見つかり、手術は不可能とのこと。そこで、ほかに何か良いものはと思い、アガリスク、プロポリス、ヨードなどと一緒に飲むようにしたのです。

それが悪かったのか、1年ほど過ぎた98年4月、とうとう腫瘍は2〜5cmにまで大きくなってしまいました。主治医からは、入院して抗ガン剤を打たなくては命を保証できないと言われ、再度入院しました。


このとき、抗ガン剤と並行して天仙液を飲むことにしました。ほかのものをいっさいやめたのが良かったのか、ほかの人たちに比べて副作用が軽く、口内炎と下痢が少しあっただけで済みました。そして、嬉しいことに、退院時には腫瘍の大きさはなんと半分に縮小していたのです。

その後、体の調子も良く元気になったのですが、「肺の腫瘍には水溶性キトサンが効く」と人に勧められ、主人は浮気心でそれを飲み出したのです。


ところが、私の心配が的中してしまったのです。98年の暮れからまったく食事が進まなくなり、ぜんぜん味がわからなくなってしまいました。それまで、三度の食事が美昧しいとよく食べていたのに・・・。そして、とうとう、翌99年4月、衰弱がひどくなり再度入院しました。なんと骨盤の腫瘍が再発していたのです。

このときはかなり悲惨な状態でした。腫瘍が小腸を破ったため尿道から大便が混じって出てきました。血便もありました。1ヶ月半もの間食事が摂れず、点滴だけで生き長らえました。とにかく食べ物だけは食べられるようにと、小腸と大腸を結ぶ手術を行い、99年6月、無事退院しました。もちろん、この間は天仙液6本、天仙丸6粒を毎日欠かさないでおりました。

それから半年以上経った99年12月、病院でレントゲン、採血、エコーなどの検査を行ったところ、胸水と腫瘍マーカー以外は良好との結果を得ました。昨年1月、同じように検査をしたところ、肺の腫瘍の大きさは変わっていないものの、胸水はだいぶ少なくなっており、腫傷マーカーも低下傾向にあるとのことで、主治医が首をひねっていました。

「ほかに何か薬を飲んでいるのですか?」と聞かれたので、「はい。漢方薬を飲んでおります」と答えたところ、とても驚いてました。あとで、主人と「あのとき、天仙液と言えばよかったね」とお互い顔を見合わせて笑いました。


天仙液を飲んでいると、顔色も健康な人以上に良く、まったく病人には見えません。そのおかげか、あの困難な時期も無事に乗り越えることができました。ただ、放射線および温熱療法の副作用で左臀部を火傷し、神経組織が萎縮してしまったため、歩行が不自由になってしまいましたが、杖を使えば何とか歩けます。三度の食事も美味しく食べていますし、発熟もありません。

診察に行くたびに主治医からは「胸が痛くありませんか?咳が出ますか?痰が出ますか?」と聞かれますが、「いいえ、何もありません」と答えております。主治医が驚くのも無理はないでしょう。

入院していたときのこと、ある人の奥様が「主人は肝臓ガンであと3ヵ月の命と言われたが、もうすぐ3ヵ月目が来てしまう」と涙ながらに訴えました。私は、「ウチの主人も医者から見放されたときが何度もあったけれど、天仙液という薬を飲んでいるおかげでとても良い状態になっている」と話したところ、「ぜひ教えて欲しい」とのこと。「あとわずかな命であっても悔いが残らないようにしたい」と真剣でした。

すぐに手配して送ってもらい、毎日4本飲ませていたそうです。残念ながら、それから3ヵ月後に亡くなられたのですが、苦しみも痛みもなく、とても安らかだったそうです。医者から「痛くないか、苦しくないか」と何度も聞かれたそうですが、「いいえ、大丈夫です」と答えていたため、不思議がっていたそうです。

奥様は私に何度もお礼を言われ、「もう少し早く知っていたら」と少し残念そうでした。

昨年春には、腫瘍マーカーは下がりましたが、脳に転移しているのが発見され、入院しました。このときは、何度も死の淵から帰って来れたのですから、また、きっと元気になって戻って来ると信じておりました。

これまでも気打ちがくじけそうになると、私の運転でに見晴らしのいい場所までドライブ に行きました。そして、山の山頂で、「ガン、消えてなくなれ−っ!」と叫び、二人して頑張ろうと誓いました。いつも二人で、こうやって乗り切ってきたのです。無事、退院して家に戻ってきたら、今度は、山陽万面にドライブに行き、きれいな景色をたくさん見せてあげたい。それが私の小さな願いでした。しかし、残念ながら2000年4月4日早朝に静かに日を閉じました。

約3週間の入院中、治療らしい治療は一切ありませんでしたが、亡くなる前日まで三度の食事を美味しい、美味しいと食べておりましたし、これまでの入院と同じように天仙液6本、天仙丸6粒を毎日飲んでおりました。本人ももう一度元気になりたかったんだろうと思うと、無念です。ただ、最後まで苦しまず、痛みもなく、安らかに目を閉じてくれたことが、これまで精一杯看病した甲斐があったと思います。これはすべて天仙液のおかげです。天仙液に巡り介えた夫は、最後まで自分から求めて飲みました。そのおかげでこれまで生きて来られたのです。

昨年末、10日間ほどヨーロッパに旅行に行きました。夫の写真をベンダントに人れて、各地を回りました。今度は、生前夫が行きたいと言っていたトルコに一緒に行ってきます。どこに行くのも夫と一緒です。

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