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巌本裕采子
(44歳・兵庫県)
腹膜播腫と肺への転移。余命半年の先刻が1年経過して

「転移がたくさんあって手術はムリ」  今から6年前、妻はS字結腸ガンと診断されました。まだ30代の若さの身の上に突然振って沸いた重大な病気の告知には、本人がいちばん驚いたに違いありません。  すぐ入院して腫瘍部分の切除手術となりました。やはり人工肛門には抵抗があったので主治医の先生には温存するやり方でお願いしました。

幸い手術はうまくいったようで、その後の定期検査もとくに問題なく過ぎていきました。
ただ、ガンの再発を思うと妻も私も不安でたまりません。

ビタミン剤をはじめ、さまざまな健康食品に助けを求めて、メシマコブ、アガリクス、プロポリス、ビワの葉療法……。ガンに効くと聞いて、次から次へと試してみたくなる気持ちは皆さんにはおわかりいただけるでしょう。

それでも、術後から疲れやすくなった妻の体はなかなか元通りにはなりません。精神的にも不調をかかえたまま憂鬱な日々が続いていました。滅入っていたら病気はよくならないというのが私の信念ですからできるだけ外に連れ出したりしたのですが快方にはむかいませんでした。

完治のめやすとなる5年目を迎えた昨年の春のことです。前回の手術を担当してくれた主治医の転勤先を訪ねて検査を受けると、私ひとり先生に呼ばれて「再発は間違いない。おまけに転移がたくさんあって手術はムリ」と宣告されたのです。

診断からは腸からガンが浸潤し、腹膜播腫転移を起こしていました。さらには肺への転移もあり、抗ガン剤治療を勧められました。その日妻には黙っていましたが、いずれにせよ再発のことは話さざるを得ませんでした。
腫瘍が小さくなりすっかり元気に

自宅に帰り、再発の可能性を告げると、本人は身体を震わせてパニック状態に陥りました。もちろん、転移が多く手術ができないことやこのままだと余命が半年しかないことは伏せて、たいしたことはないとできるだけ平成を装ったつもりです。

しばらくは妻をひとりにしておくのが不安になるほどで、仕事が終わるとまっすぐ家に飛んで帰る有り様でした。その間にも、「身内が抗ガン剤治療で衰弱して亡くなった」という話を職場の先輩から聞いて私も急に不安に襲われ、なんとか妻が助かる道はないものか必死であちこち訪ね歩きました。

ちょうどそのころ見付けたのが、「天仙液」について書かれた本でした。ようやく落ち着きを取り戻した妻と治療方法について相談した結果、抗ガン剤治療は受けずにこの方法に賭けようということになったのです。


そうして昨年6月から天仙液改良型を飲むようになり、現在1年と1ヵ月が経とうとしています。病院の検査によるとだんだん腫瘍が小さくなっており、主治医も驚くほど現状維持の良好な状態です。本人も天仙液を飲むようになって食欲が戻り体調が良くなったといい、周囲の人たちも「奥さんはとてもガンには見えへん。こっちが病人みたいな顔色や」と笑います。

また、やはり昨年10月から丸山ワクチンを2日に1回打っており、これもガンの抑制に効果があったのかもしれないと続けています。

長女が嫁いで、いまは高校生の長男と3人暮らし。たまには妻と2人で気晴らしにパチンコに出かけます。「あのときは困った。

どないいうたらええか」と再発の告知に悩んだ日を思い出すと、夢のようです。すっかり元の明るさに戻った妻の表情を見て、何にでも感謝したい気持ちでいっぱいです。

 


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