がん登録制度―実態把握へ法整備急げ―国立がんセンター名誉総長 垣添忠生

無料サンプル・資料請求はこちらから

全世界でがんで亡くなる人は年間790万人―世界保健機関統計

がんは一般に高齢者の疾患である。わが国はもちろん、欧米先進国も、高齢人口の増加とともに、がんが重大な病気となっている。アジア・アフリカ諸国も、感染症などが制御され、長生きする人たちが増え始めると、やはりがんに注目せざるを得ない状況となった。

世界保健機関(WHO)の2007年の統計によると、全世界で年間にがんになる人は1100万人、がんで亡くなる人は790万人、がん経験者は2500万人と報告され、おのおのの数は毎年増加しつつある。がんは今や、全世界的な保健上の重大課題となった。

こうした事実を把握する上でも、各国が有効ながん対策を進める上でも、がんの正確な実態を把握する、いわゆる「がん登録」は鍵となる手法と言えよう。がん登録は時に、がんの原因を探る上でも有効である。

がん対策の目的は「がん患者とその家族の生活の質(QOL)の向上

WHOは、国家的がん対策プログラムを提唱している。その中で、がん対策の目的は、第一に「がんの罹患率と死亡率を減少させること」、第二に「がん患者とその家族の生活の質(QOL)を向上させること」と明言している。

わが国で06年6月に成立し、07年4月より施行された「がん対策基本法」にも、「がんになる人、がんで亡くなる人を減らすこと」、そして「すべてのがん患者及び家族の苦痛の軽減並びに療養生活の質の維持向上」が最重要課題として挙げられている。

がん対策を効果的に進めるには、正確ながんの実態把握は避けて通れない。それが実施されなければ、がん対策の効果、すなわち罹患率や死亡率が本当に低下したか否かを評価することもできない。

「地域がん診療拠点病院」の標準化、底上げが大切

がん登録には、院内がん登録、地域がん登録、そして臓器がん登録の三つがあるが、ここでは前二者に集中して議論する。

院内がん登録は、その施設でがんの診断・治療を受けたすべての患者についての情報を登録する仕組みである。米国では、院内がん登録を実施することが、米国外科学会によるがん専門病院認定の必須条件となっている。

わが国でも、02年から開始された「地域がん診療拠点病院」制度により、がん医療の標準化、底上げをはかっているが、その指定要件に、院内がん登録システムの確立が含められた。06年から、「地域がん診療連携拠点病院」と名称を変更し、現在全国で376病院が指定されている。

その指定要件の一つに 「標準登録様式に基づく院内がん登録を実施すること」が明記された。地域がん登録は、対象地域の居住者に発生したすべてのがんを把握することにより、がんの罹患率とその地域における生存率を計測する仕組みである。がん罹患の実態を計測するには精度の高い院内がん登録に基づく地域がん登録が唯一の方法である。

がんの罹患を把握するには、院内がん登録による医療機関からの登録票と、対象地域における人口動態に基づく死亡情報の二つが重要である。両者を照合して登録精度も計測する。同じ患者が複数の医療機関を受診した場合、誤って重複登録しないことも大切である。

そのため、個人識別情報として、生年月日、姓名、性別、住所の収集が不可欠となる。登録時に個々のがん患者から同意を得ないで登録することも国際的なルールとなっている。同意をした人だけから情報を集めると、情報の欠落が生じるだけでなく、集めた情報が偏ったものになり得るからである。

従って、地域がん登録業務は、個人情報保護法の第16条(本人の同意を得ないで利用目的の範囲を超えて個人情報を扱ってはならない)と、第23条(本人の同意を得ないで個人データを第三者に提供してはならない)の例外規定とされている。公表する際には、もちろん個人情報は秘匿されるが、データは、対象地域のすべてのがん患者から集めることが大切であることを、再度指摘したい。

がん患者の予後に関する追跡調査をきちんと実施する体制づくりを

がん登録の標準化のめどがついた今、緊急になすべきことは、がん患者の予後に関する追跡調査をきちんと実施する体制の整備である。住民票照会によるがん患者の予後調査は、住民基本台帳法の改正により困難になりつつある。

この状況を改めないで拠点病院の登録担当者に追跡調査を強いるのには無理がある。最新の治療を反映した生存率データは、研究者も臨床医も、何よりがん患者・家族が求めている。

世界のがん登録の始まりは、1929年のハンブルク(ドイツ)の地域がん登録が最初である。40年代に入って米国、カナダ、英国など、50年代に入るとさらに各国で地域がん登録が開始された。これらの地域がん登録の多くは、法律によって届け出を義務化した。

わが国では、51年に東北大学の瀬木三雄教授が宮城県を対象とした地域がん登録を開始し、その結果が54年、わが国初の地域がん罹患率報告につながった。以来、57年に広島で、58年に長崎で、市民を対象に原爆の影響調査も含めて地域がん登録が開始された。さらに62年愛知県、大阪府と次々に開始され、83年の老人保健法施行後さらに増加し、09年1月現在、35道府県1市で実施されている。

わが国の地域がん登録は、道府県市が主体となって進められており、がん登録予算もこれらの道府県市が担っている。本来は、国が主体的に実施すべき事業であろう。

一方、北欧諸国、米国、韓国などは「がん登録法」に根ざしてがん登録を進めてきた。いずれも極めて精度の高いデータが毎年報告されている。韓国は03年にがん登録を開始するという、後発であったが、わが国のがん登録の体制不備をよく調査し、国ががん登録、がん対策を主体的に進めることで、がん対策先進国に躍り出た。

「がん対策基本法」に基づいて、がん死亡率を20%減少が目標

わが国はがん対策基本法に基づき、07年6月に作られたがん対策推進基本計画により、「75歳未満の年齢調整がん死亡率を今後10年以内に20%減少」を掲げている。その実現と正しい評価を進めるためにも、わが国にも近い将来、「がん登録法」の制定が求められていると思う。

(「読売新聞」3月8日朝刊より転載)

資料・無料サンプルはこちらから

ページのトップへ